圓生とパンダの因縁話はブラックアングルが初出か? ― 2010/05/25 08:12

(これはアドベンチャーワールドのパンダ、本文とは無関係です)
知る人ぞ知る六代目三遊亭圓生とパンダの因縁話 「上野のパンダと命日が一緒だなんて、実にどうもけしからんことで」というネタの起源について調べてみた。結論から言うと、週刊朝日に連載された山藤章二のブラック・アングルが初出ではないかと考えられる。六代目死去から九日後に発売された9月21日号の紙面を飾ったのは、 『さようなら、安らかに…早朝から花束と涙と…弔問にファンの列…全国民に愛された一生』 「テヘヘヘ、あたしの死てぇものが、こんなに大げさに扱われるなんざぁ、バカ照れですな・・・ ン?! 剥製で永遠に…」 という作品であった。
さて、9月12日の早朝に同誌をキオスク店頭へ並べるためには、最低でも3日前には入稿しないと不可能と思われるが、この日は奇しくも初七日、いくら噺家さんでもこれ以前に師匠のネタを披露することはないと思う。そんな疑問を三遊亭圓丈師匠にぶつけてみたところ、「そもそもパンダと同じ日に死んだと言うのは、あれ自体珍しいですから、みんな『パンダと同じ日に・・』なんて、結構心に刻まれたと思います。その中で仰せの通り、山藤さんのが一番最初じゃないでしょうか。それ以外は、人の死ですから、円生の死去直後ではなく少し経ってからこれは同時多発的にこれをギャグにすることが、起こったんだと思います。それが噺家ですと大先輩や、師匠にあたりますから、さらにそれより遅れてギャグにしたんではないでしょうか?」との御回答をいただいた。
落語への造詣も深い山藤画伯の傑作は、噺のマクラに表現を変えて現在も語り継がれている。
六代目没後の経緯は以下のとおり
9/3 (月) 六代目三遊亭圓生死去(1979年9月3日21時35分)
9/4 (火) 上野のパンダ、ランラン死亡(1979年9月4日01時24分)
■朝日朝刊1面:6段「ランラン死ぬ」 主な記事から「落語の円生師匠、誕生日に急死(23面)」
■毎日朝刊1面:6段「ランランついに死ぬ」 ニュースガイド「圓生師匠が急死(23面)落語界の第一人者、三遊亭圓生師匠(79)が三日夕、千葉県習志野市で口演中、突然倒れ、病院に運ばれたが死去した」
■毎日朝刊23面:半9段でパンダと二分
■読売朝刊1面:5段「ランランついに死ぬ」 一面には圓生師の記述なし
■毎日夕刊7面:「はく製で永遠に」
■自宅で通夜
9/5 (水)
■週刊朝日(9/14日号本日発売) 「パンダ舎から死んだランランが可哀想というカンカンの嘆きがきこえる」
■毎日朝刊1面:「余録」は全文が円生の記事
■毎日夕刊7面:「円生を悼む」3段記事、宇野信夫
■東京12チャンネルで追悼番組(22:30~23:00)
9/6 (木)
■朝日朝刊:天声人語に13行分言及
■読売朝刊:気流に投稿 「大きかった芸 円生師を悼む」
■身内だけで密葬が執り行われる
9/8 (土)
■読売朝刊:世界の論調「韓国が酷評するランラン騒ぎ」6段囲み記事
9/9 (日) 初七日
■帝国ホテルにて楽松改め鳳楽の真打昇進披露
■日テレ、笑点で追悼番組(17:20~18:00)。鳳楽昇進披露。大喜利メンバー; 三波伸介 桂歌丸 林家木久蔵 林家九蔵(現在の好楽、この日に三笑亭夢之助から交代) 三遊亭楽太郎 林家こん平 三遊亭小圓遊 松崎真
9/11 (火)
■毎日朝刊5面:記者の目、10段全文が円生の記事
9/12 (水)
■週刊朝日(9/21日号本日発売)山藤章二のブラックアングル;
『さようなら、安らかに…早朝から花束と涙と…弔問にファンの列…全国民に愛された一生』 「テヘヘヘ、あたしの死てぇものが、こんなに大げさに扱われるなんざぁ、バカ照れですな・・・ ン?! 剥製で永遠に…」
■青山葬儀場にて告別式
■TBS、追悼番組(23:35~)
9/13 (木)
■朝日朝刊社会面:「ファン含め千人が焼香 故円生師匠の葬儀」4段記事
9/14 (金)
■NHK夜の指定席、円楽「豊志賀の死」真景累ヶ淵から( 23:00~23:45)
9/22 (土)
■週刊ダイヤモンド/ポール・ボネの不思議の国ニッポン「パンダ様はもうたくさん; さすがに、三大紙以外の一部の新聞、週刊誌は、同じ日に三遊亭円生師が死亡したのに、パンダが一面で円生が三面とは何ごとかとたしなめていた。当たり前である。落語にもならない。」
命日 故人 戒名
1971/12/12 ⑧桂文楽 桂春院文楽益義居士
1973/09/21 ⑤古今亭志ん生 松風院孝誉彩雲志ん生居士
1979/09/03 ⑥三遊亭圓生 松寿院圓生日栄居士
1979/09/04 ①蘭蘭 熊猫院日中友好大姉 (ウソ)
1982/01/29 ⑧林家正蔵 ?
2002/05/16 ⑤柳家小さん 本行院殿法勲語咄日盛居士
2009/10/29 ⑤三遊亭圓楽 光岳院情誉圓楽寛海居士
「コラッ、円楽! 師匠よりも長い戒名をつける奴があるか!」
「ガッハハハハハハ」
参考文献;
1980/11 不思議の国ニッポン5/ポール・ボネ/ダイヤモンド社
1980/12 噺の咄の話のはなし/春風亭一柳/晩声社
1985/08 父、円生/山崎佳男/講談社
1986/04 御乱心 落語協会分裂と、円生とその弟子たち/三遊亭円丈/主婦の友社
1993/11 円生とパンダが死んだ日/矢野誠一/青蛙房
1998/04 隠居の重し はるかなる円生への旅/三遊亭鳳楽/かや書房
2006/07 圓楽芸談しゃれ噺/三遊亭圓楽/白夜書房
知る人ぞ知る六代目三遊亭圓生とパンダの因縁話 「上野のパンダと命日が一緒だなんて、実にどうもけしからんことで」というネタの起源について調べてみた。結論から言うと、週刊朝日に連載された山藤章二のブラック・アングルが初出ではないかと考えられる。六代目死去から九日後に発売された9月21日号の紙面を飾ったのは、 『さようなら、安らかに…早朝から花束と涙と…弔問にファンの列…全国民に愛された一生』 「テヘヘヘ、あたしの死てぇものが、こんなに大げさに扱われるなんざぁ、バカ照れですな・・・ ン?! 剥製で永遠に…」 という作品であった。
さて、9月12日の早朝に同誌をキオスク店頭へ並べるためには、最低でも3日前には入稿しないと不可能と思われるが、この日は奇しくも初七日、いくら噺家さんでもこれ以前に師匠のネタを披露することはないと思う。そんな疑問を三遊亭圓丈師匠にぶつけてみたところ、「そもそもパンダと同じ日に死んだと言うのは、あれ自体珍しいですから、みんな『パンダと同じ日に・・』なんて、結構心に刻まれたと思います。その中で仰せの通り、山藤さんのが一番最初じゃないでしょうか。それ以外は、人の死ですから、円生の死去直後ではなく少し経ってからこれは同時多発的にこれをギャグにすることが、起こったんだと思います。それが噺家ですと大先輩や、師匠にあたりますから、さらにそれより遅れてギャグにしたんではないでしょうか?」との御回答をいただいた。
落語への造詣も深い山藤画伯の傑作は、噺のマクラに表現を変えて現在も語り継がれている。
六代目没後の経緯は以下のとおり
9/3 (月) 六代目三遊亭圓生死去(1979年9月3日21時35分)
9/4 (火) 上野のパンダ、ランラン死亡(1979年9月4日01時24分)
■朝日朝刊1面:6段「ランラン死ぬ」 主な記事から「落語の円生師匠、誕生日に急死(23面)」
■毎日朝刊1面:6段「ランランついに死ぬ」 ニュースガイド「圓生師匠が急死(23面)落語界の第一人者、三遊亭圓生師匠(79)が三日夕、千葉県習志野市で口演中、突然倒れ、病院に運ばれたが死去した」
■毎日朝刊23面:半9段でパンダと二分
■読売朝刊1面:5段「ランランついに死ぬ」 一面には圓生師の記述なし
■毎日夕刊7面:「はく製で永遠に」
■自宅で通夜
9/5 (水)
■週刊朝日(9/14日号本日発売) 「パンダ舎から死んだランランが可哀想というカンカンの嘆きがきこえる」
■毎日朝刊1面:「余録」は全文が円生の記事
■毎日夕刊7面:「円生を悼む」3段記事、宇野信夫
■東京12チャンネルで追悼番組(22:30~23:00)
9/6 (木)
■朝日朝刊:天声人語に13行分言及
■読売朝刊:気流に投稿 「大きかった芸 円生師を悼む」
■身内だけで密葬が執り行われる
9/8 (土)
■読売朝刊:世界の論調「韓国が酷評するランラン騒ぎ」6段囲み記事
9/9 (日) 初七日
■帝国ホテルにて楽松改め鳳楽の真打昇進披露
■日テレ、笑点で追悼番組(17:20~18:00)。鳳楽昇進披露。大喜利メンバー; 三波伸介 桂歌丸 林家木久蔵 林家九蔵(現在の好楽、この日に三笑亭夢之助から交代) 三遊亭楽太郎 林家こん平 三遊亭小圓遊 松崎真
9/11 (火)
■毎日朝刊5面:記者の目、10段全文が円生の記事
9/12 (水)
■週刊朝日(9/21日号本日発売)山藤章二のブラックアングル;
『さようなら、安らかに…早朝から花束と涙と…弔問にファンの列…全国民に愛された一生』 「テヘヘヘ、あたしの死てぇものが、こんなに大げさに扱われるなんざぁ、バカ照れですな・・・ ン?! 剥製で永遠に…」
■青山葬儀場にて告別式
■TBS、追悼番組(23:35~)
9/13 (木)
■朝日朝刊社会面:「ファン含め千人が焼香 故円生師匠の葬儀」4段記事
9/14 (金)
■NHK夜の指定席、円楽「豊志賀の死」真景累ヶ淵から( 23:00~23:45)
9/22 (土)
■週刊ダイヤモンド/ポール・ボネの不思議の国ニッポン「パンダ様はもうたくさん; さすがに、三大紙以外の一部の新聞、週刊誌は、同じ日に三遊亭円生師が死亡したのに、パンダが一面で円生が三面とは何ごとかとたしなめていた。当たり前である。落語にもならない。」
命日 故人 戒名
1971/12/12 ⑧桂文楽 桂春院文楽益義居士
1973/09/21 ⑤古今亭志ん生 松風院孝誉彩雲志ん生居士
1979/09/03 ⑥三遊亭圓生 松寿院圓生日栄居士
1979/09/04 ①蘭蘭 熊猫院日中友好大姉 (ウソ)
1982/01/29 ⑧林家正蔵 ?
2002/05/16 ⑤柳家小さん 本行院殿法勲語咄日盛居士
2009/10/29 ⑤三遊亭圓楽 光岳院情誉圓楽寛海居士
「コラッ、円楽! 師匠よりも長い戒名をつける奴があるか!」
「ガッハハハハハハ」
参考文献;
1980/11 不思議の国ニッポン5/ポール・ボネ/ダイヤモンド社
1980/12 噺の咄の話のはなし/春風亭一柳/晩声社
1985/08 父、円生/山崎佳男/講談社
1986/04 御乱心 落語協会分裂と、円生とその弟子たち/三遊亭円丈/主婦の友社
1993/11 円生とパンダが死んだ日/矢野誠一/青蛙房
1998/04 隠居の重し はるかなる円生への旅/三遊亭鳳楽/かや書房
2006/07 圓楽芸談しゃれ噺/三遊亭圓楽/白夜書房
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